子供達で屋上で遊んでいたら、男子が私の踵につまづいた。何が起こったか分からずキョトンとしていると、凄まじい悲鳴と青ざめる周りの人達←平和だった日常で、ある日突然遭遇した悲劇・・・

引用元:https://www.logsoku.com/r/2ch.net/kankon/1349615073/   小学校の中学年の頃
親に強要されて入会してた少年団に毎週日曜日通わなくてはいけなかった。
その少年団では~中学生くらいの子供達に
ブラスバンドやバトン、手旗信号を教えてくれ
夏はキャンプをしたりする活動をしてた。
学区外だったので普段遊ぶ同学年の友人とは違う年上や年下の子供とも交流出来き
特に私は年上のお姉さんに遊んで貰えるのが楽しくて
活動にはこれっぽっちも興味無かったけど何となく通ってた。
そんな平和な日も突然終わった。
そう、私が加害者になったのだ・・・
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その日は活動が早く終わり、色々教えてくれる先生が
「皆さん遊んで良いですよ~」と子供達に屋上を解放した。
(ちなみにその少年団の活動場所は三階建て+屋上のビル)
自然と女の子は大縄とび、男の子は鬼ごっこと楽しく遊びはじめてた。
私は縄を回す係で皆が飛びやすいよう
体を大きく上下させる事に細心の注意を払っていたら
急に踵に衝撃を受けバランスを崩して地面にたたき付けられた。
何が起こったか訳が分からず、足は激痛だしキョトンとしていると
凄まじい悲鳴と青ざめる周りの人達
ふと彼等の目線の先を見ると足元のコンクリに横たわる男子。そして血だまり。
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どうやら彼は鬼ごっこの時私の後ろを走り
私の足に引っ掛かってフェンスの下のコンクリの角で右目を潰したらしい…
そこからは犯人容疑者さながら事情聴取を受け現場検証
周りの女の子達の証言で私の過失の疑いは晴れた。
縄跳びは端っこでしてたし、見通し良いし
鬼から逃げるために無理に狭い所に来たのは彼の方だったしね。
あの後「私ちゃんの足に引っ掛かりA君は右目を失明してしまいました」
と皆の前で言われ、吊るし上げの気分を味わった事と
A君の病院に母と行き謝罪させたられた事が
「私悪くないのに」と思っていた小学生の頃の私の第一の修羅場でした。
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もちろんそれから屋上が閉鎖になったのは言うまでもない。
ちなみにA君は私より三つ位年上の縦にも横にも大きな子だった。
お世話にもカッコイイとも可愛いとも言い難く
足は激臭で魚の目が十個はあろうかと言うくらいの中々の強烈さ。
失明ジ件以降「私の足に引っ掛かって彼はもう一生片目なんだ」と
私は彼に負い目を感じるようになっていた。
数ヶ月後彼は少年団に復帰した。
そしてこの頃から違和感を感じはじめる。
それが核心へと変わったのは夏のキャンプの時だった。
なんか彼との距離が近い、いつの間にか私の隣にいる…
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ご飯の時も花火の時も他の子とおしゃべりしているときも
あのかぐわしい足の香りが私の鼻をついた。
正直もともとお近くになりたい部類ではなかったし
ジ件の負い目から私は関わりたくなかった。
でも彼は私が一人になるとニヤニヤしてどうでもいい話をふってくる
(←当時嫌悪感からニヤニヤ見えました。すみません)
ジ件前は全く関わり無かったのに、なんでジ件以降?
普通関わりたくないものでは??
でも恨みからの粘着では無いみたいだし…
(話の内容が「私子ちゃんはカレー好き?僕は好きだよー」みたいな感じだったので)
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とにかく怖くて、でも負い目から誰にも言えなかったのが第二の修羅場でした。
A君とは、それ以来私が耐えられなくて団を辞めたから
その年っきりだから今はもうアラサーだろうけど何してるんだろう…
>>それって単なるA君の自爆(加害者)じゃないですか!
 いきなり地面(コンクリだよね?)に叩きつけられて大丈夫だった?
 ヒガイ者なのに、誰に謝罪しろって言われたの?A君のお見舞いだけならまだしも謝罪って…
確かにあなたの言う通りA君の自爆だった。
それは周りの人達も分かってたけど、私親に事情説明
→「私ちゃんは悪くないのですが一応お見舞いに…」
→母に連れられて病院に→母謝罪だった。
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だから謝罪は周りに強要された訳ではなく、母に言われた。
私は悪くない、と母に訴えたが
「分かってるけど、あんたの足に引っ掛かって
 A君が一生目が見えなくなったんだから」と言われた。
あの時は理解でき無かったけど今は分かるよ。
でもあの状況だったらお見舞い=謝罪だよね。
今でも思い出すと罪悪感あるし、でも私に過失無いし…ってループする。
思い出すとプチ修羅場続行中かも。
さっきのに書くの忘れてたんですが、A君にぶつかられた時
標準体型の私はコンクリにたたき付けられ膝とか手の平とか擦りむいた
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あと打撲もしたけど、誰も気付いてもくれませんでした。
普通に考えれば失明>>>>>…擦り傷だから当たり前だけどね。
実は私の妹は障害持ち。
まだ経度の方なんだけど、意思疎通が親ともあまり出来ない位
妹の声は他人にとって聞き取りにくいものだった。
普段一緒にいる時間が長いためか私は妹と意思疎通が難無くこなせ
いつの間にか妹の通訳として可能な限り妹と行動を共にするようにしてた。
私が通ってた小学校は養護学級が少し充実し
地域にもコミュニティーがあり交流も盛んだった。
私達の他にも小学校には養護学級に通うハンディキャップを持った子が何人かいたけど
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特に有名だったのはB君一家だった。
家族構成が、両親・姉(経度?)・兄1(経度)・兄2(重度)
B君(兄2よりちょっとマシ、私と同級生)の兄弟皆何かしら障害のある一家だった。
体型も家族全員縦(170はあったと思うB君以外)にも
横にも大きくてわりと地域でも有名だった気がする…
両親は普通の人だったし、姉、兄1も特にトラブルも無かったけど
(年が離れてるから私が知らないだけかもしれないけど)
問題は兄2とB君だった。
兄2とB君は気に入らない事があればその巨体を活かし暴れる叫ぶ
(でもB君は落ち着くと会話可能)本能のままだった。
当時私は兄2が怖くてしょうがなく(いつスイッチが入るか分からなかったので)
学年も違うことから極力関わらないようにしてた。
B君は落ち着いてるときは会話出来たし
理不尽に暴れる事も無かったし、同じクラスだったし
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(B君は養護クラスと通常クラスの二足わらじだった)
挨拶や何気ない会話するくらいの交流はあった。
そんな日々だったけど、ある日私のトラウマになる出来事が起こった。
その年の夏は地域の養護コミュニティーが盛り上がったらしく
イベントとして三泊四日の盛大なキャンプ計画を行った。
集まる人も百人は居たと思う。
そのキャンプに母の勅命で私は妹と二人で参加させられた。
現地に母に連れられて馴染みの養護学級の先生に
私達を引き渡たし母は帰った。そしてそこには兄2、B君兄弟も居た。
兄2がいるときは必ず保護者付きだったのに、
その時は予定が合わなかったのか馴染みだから安心したのか二人だけだった。
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正直怖かったけど馴染みの先生もいたし、気にしない事にして
私は先生に指示されるままテントを組み立てたりカレーの準備を手伝った。
しばらくすると、
「私子ちゃんお手伝い沢山有難うね」
「後は私妹ちゃんとやるから少し遊んで来ても良いよ」
と不憫に思ったのか、妹にさせたかったのに私が妹を手伝うから邪魔だったのか
先生が私に言ってくれ私は素直にその場を離れた。
特に友達もいないし用事もないし
なので私は池を眺めたり他の班の作業を見たり草を毟ってみたり
フラフラ散歩してたら兄2を発見!
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ほっとこうかとも思ったけど「兄2君はどこいったの?」と
先生が心配していた声が脳内によみがえった。
「兄2君何してるの?先生探してたから帰ろう??」
私は意を決して兄2の手をとり連行した。
その時彼の中で何かが芽生えたのかは知らんが
後に私はこの行動をタヒぬほど後悔することになる。
先生に感謝され私は大得意になっていた。
なんだ案外兄2も話が分かる奴じゃないか…
誤解してたことに罪悪感も生まれ兄2にも普通に接するようになった
(と言っても食器を渡す、挨拶、位だけど)
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午後は夜のキャンプファイヤーに向けて薪拾いをするよう指示された。
私は黙々と薪になりそうな木屑を探していて後ろに近づく気配に全く気付かなかった。
「!?」
お尻に違和感を感じ驚いて後ろを振り向くと
私のお尻を触りながらニヤニヤ笑う兄2がいた。
驚いた衝撃で私は尻もちをついてしまった。
運悪く尻もちをついた場所が濡れていて泥がついてしまった。
組み立てたテントに荷物を入れていたのでいったん着替えることにし
テントに入り脱ごうとしたら、閉めたはずのテントの入り口から物音が…
チャックが開いた先にはニヤニヤこちらを覗く兄2がいた。
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入ってこようとする兄2に「兄2君!今着替えてるから来ないで!!」
叫ぶ私の声に周りの大人たちも気付き
「女の子が着替えてる時に入っちゃダメだよ!」
と何人かで兄2を引きずり出し私は事なきを得た。
前にも書いたけど、兄2は自分の思い通りにならなければ
その巨体を活かしパワフルに暴れる。
養護の先生は優しそうな女の先生が多かったので兄2を止めることは出来ない。
数分後騒ぎを聞きつけた数人の男性スタッフに取り押さえられるまで
兄2は物を壊し先生を薙ぎ払い、訳のわからない言葉を叫びながら暴れていた。
私は怖くて泣いてしまった。
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すると先生の一人に事情を聞かれた。事情を伝えると
「分かった、先生達も兄2君は気を付けて見るようにするから
 私ちゃんは取りあえず兄2君には近づかないようにして」
そう言われ、その場から離れるように促された。
勿論今まで以上に注意を払い近づかないように…
と気を付けていたけど、兄2はいつの間にか現れる。
トイレの後手を洗っている時にお尻を触り
一人で歩いていると抱きつき、何か作業をしていたら膨らんでもいない胸を触り…
最初こそはいちいち止めに入ってくれていた先生達も次第に止めてくれなくなった。
それはそうだ、ハンディキャップを持つ子供達のキャンプなんだから。
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お世話をしないといけない子は沢山いる。
いつまでも健常者の私に構っていられなかったんだと思う。
「ちゃんと毎回注意する」→「ホントにヤバそうになったら止める」
と周りの大人達の考え方が変わったところで私は窮地に追い込まれた。
どんどんスキンシップは激しくなり。
最初は、ぽんぽんとお尻を撫でるくらいだった事だったのに、今ではお尻を揉んでいた。
先生に訴えても「ごめんね、兄2君には近づかないようにしてね」としか言ってくれない。
私が行きついた先は女子トイレだった。
ここなら男である兄2は入ってこれないし、何より鍵がついている。
が、そんなこと兄2には関係なかった。
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泣き叫ぶ女児の声と男の叫び声。そして何かをナグる音に大人達は駆けつけた。
兄2は暴れながら何かを叫びながら連れて行かれた。
私はただ怖くて助けてくれた先生にしがみ付いて泣いていたけど状況が変わることはなかった。
(今思えば普通、どちらかの親に連絡がいってどちらかが引き取られるべきなんだけどね)
そこからは最終日まで兄2に粘着され続けた。
誰も当てにならなかったので、兄2が何かをしてる
→私隠れる、と言う風に地獄の数日を過ごした。
最後の夜、今までテントで寝起きさせられていたのに
交流のためかキャンプ場の体育館で子供達は雑魚寝させられた。
布団が足りず1枚の布団に2人寝かされると言うぐだぐだっぷりだったし
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熱いのに密着して寝るのは嫌だったけど
それより兄2から離れられる!って言う嬉しさの方が勝って私はとてもはしゃいでいた。
「消灯しますー、皆明日帰るんだから早く寝てね」
先生はそう言い電気を消して去っていき
私は数日の疲れもあってすぐウトウトし始めた。
数分か数十分寝てたと思う。違和感を感じ私は眠りから覚めた。
体が動かない体が熱い
夜トイレに起きる子のために、予備灯がついてたはずなのに真っ暗
耳元では「フゥーフゥー」と言う他人の息遣い
あからさまな異常事態に私はパニックだった。
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もがいても叫んでも誰も私を助けてくれる人はいなかった。
結論から言えば、大人が去って私が寝たすきに、兄2は私の横に潜り込んだ。
その際見つからないように自分と私をかけ布団で覆って隠し
私に後ろから抱きつき(羽交い絞めにして)私に体を擦り付けてた。
他の子は寝てたし、布団かけられてたから
声もぐぐもって聞こえていなかったんだと思う。
怖いし、真夏に頭まで布団で覆われ
私の体の三倍はある人に拘束され、熱いし息苦しいし最悪だった。
ただただ怖くて泣いた。
泣いても隣に寝る妹すら私の窮地に気付かず安らかに寝ていた。
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鼾が聞こえ始めた、待ち望んだ時がやっと来た。
私は渾身の力をふりしぼり兄2の巻きついた腕をはがそうと頑張ったが無理だった。
耳元で聞こえる鼾という不快要素が加わり、ますます泣きたくなった。
でも、寝たことにより腕の力が弱まり私は何とか新鮮な空気を取り込むことに成功した。
それからどのくらいの時間がたったか分からない。
数分かもしれないし数時間かもしれない。
コツコツ…と誰かが歩いてくる足音が聞こえた。
「たすけて!くるしい!!こわい!!」
見回りの誰かだ!と思った私は精一杯叫び
少し動かせるようになった足をバタバタさせた。
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すると間の悪いことに兄2も目が覚めたみたらしく、私を隠そうとする。
でもその行動が悪目立ちし異常を察した大人に兄2は連行されていった。
やっと解放された事に安堵したけど、恐怖からその日は寝れなかった。
ウトウトしても緊張して自発的に金縛りをおこした。
これが障害児に粘着された私の修羅場です。
兄2は性の知識とか全くなかったと思います。
あったらとっくに私は静的暴行されていただろうし。
ただ本能のまま「女の子」に興味があったんでしょうね。
障害者を差別するつもりは全くないのですが、
こう言う人や子にはちゃんと保護者がつくべきだと思います。
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何かあってからでは遅いですし。
兄2の影響もあり私は体の大きい男性が苦手です。
だからA君にも最初から「お近づきになりたくない」と思ったのかもしれません。
時間系列は誘拐、悪戯が小1→障害児→失明です。
>>えっ!誘拐?
小1の時誘拐されかけたんですよ。
気付いたのは最近なんですけど。
>>まず思ったのは母親が糞、ってか毒親では?
母は毒ではない…と私は思っていました。
ハンディキャップを抱えて生まれた妹に
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『この子はこれから沢山苦労することになる』
『それなら小さい頃に色々経験してなんでも乗り越えることが出来る強い子にしないと』
って考えたらしく、私にもその育児が施されました。
兄2は書いたように同じ小学校だったので
兄2が卒業するまで逃げる日々だったことも修羅場と言えば修羅場でした。
残念ながら最近は最近でカップル板系の修羅場あったのですが
『強い子』になれた為か何とか生きてます。
誘拐と悪戯は兄2に比べたらよくある話なので需要なさそうだし書きません。
でも誘拐、悪戯(兄2も)私は親にも学校にも言えませんでした。
そうやって世に出てない犯罪は沢山あると思います。
小さなお子さんがいらっしゃる方は本当に気をつけて下さい。